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LEDの発明はキャンプの灯りを大きく変えた

星空と灯りの湖畔キャンプ
LEDの灯りが変えたキャンプの夜。必要な場所を静かに照らしながら、焚き火や夜の暗さも楽しむ。

キャンプに行けば、日が暮れる前にランタンを準備する。

これは昔も今も、それほど変わらないキャンプの風景だと思う。

けれども、改めて現在のキャンプサイトを眺めてみると、灯りの使い方はずいぶん変わった。

テーブルには小さなランタン。テントの中には吊り下げたライト。歩くときにはヘッドライト。必要なら足元にも小さな灯りを置く。

しかも、それぞれが驚くほど小さく、一度充電すれば長い時間使えるものも多い。

こうしたキャンプを当たり前にしたものの一つが、LEDである。

LEDは単に新しいランタンを生み出しただけではない。

考えてみれば、キャンプの夜そのものを大きく変えたのではないだろうか。

一つの灯りから、いくつもの灯りへ

かつてキャンプの灯りには、今よりもはっきりとした「中心」があったように思う。

明るいランタンを置き、その周囲にテーブルや椅子を配置する。当然、人もその灯りの周りに集まる。

灯りから離れれば暗い。

だからランタンは、キャンプサイトの中心でもあった。

ところがLEDランタンが普及すると、この考え方が変わってきた。

LEDは小型化しやすく、消費電力が少ない。燃料タンクも必要なく、比較的長い時間、安定して光を出し続けることができる。

だから一つの強力なランタンですべてを照らさなくてもよくなった。

テーブルにはテーブルの灯り。

調理する場所には手元を照らす灯り。

テントの中には小さな灯り。

歩くときにはヘッドライト。

「人が灯りのところへ行く」のではなく、「必要なところへ灯りを持っていく」。

LEDによって、そんなキャンプが当たり前になった。

今のLEDランタンにつながった青い光

現在では当たり前の白いLEDだが、最初から現在のような照明が作れたわけではない。

大きな転換点となったのが、青色LEDだった。

赤色や緑色のLEDが先に実用化される一方、高輝度の青色LEDの実現は長い間難しいとされていた。

その壁を突破したのが、赤﨑勇氏、天野浩氏、中村修二氏らによる研究である。

青色LEDの実用化によって、蛍光体などと組み合わせた実用的な白色LEDへの道が開かれた。3氏はこの功績によって2014年のノーベル物理学賞を受賞している。

少し遠い科学の話に思える。

しかし、その技術の延長線上に、私たちがキャンプ場で何気なく使っている白いLEDランタンやヘッドライトがある。

そう考えると、手のひらに収まる小さなランタンも、少し違って見えてくる。

キャンプの長い夜に向いている

LEDの良さは、明るさを自由に選べることだけではない。

長い時間、灯り続けてくれることも大きな利点である。

キャンプの夜は意外に長い。

特に秋から冬になれば、夕方には暗くなる。

夕食を作り、食事をして、コーヒーを飲み、焚き火を眺める。そしてテントへ戻るまで、灯りは何時間も必要になる。

LEDは少ない電力で発光できるため、製品や設定にもよるが、比較的長時間使うことができる。

これはキャンプではありがたい。

一晩を照らすために大量の燃料を必要とするわけでもなく、光量を落とせば、さらに長く使えるものもある。

暗くなってから眠るまで、必要な場所を静かに照らし続けてくれる。

派手な特徴ではないが、これこそLEDがキャンプと相性の良い理由の一つだと思う。

明るくできるからこそ、暗くできる

現在のLEDランタンは、小さなものでもかなり明るい。

しかし私は、ここで少し考えてしまう。

キャンプ場は、そんなに明るくする必要があるのだろうか。

せっかく街灯の少ない場所まで来たのである。

空を見上げれば星がある。

森には暗闇がある。

焚き火をすれば炎がある。

そこへ強力なLEDランタンを持ち込み、サイト全体を昼間のように照らしてしまったら、何か大切なものまで消してしまうような気がする。

LEDが優れているのは、明るくできることだけではない。

暗くできることもLEDの良さなのである。

食事のときには少し明るくする。

片付けが終わったら光量を落とす。

必要な場所だけを照らし、それ以外は暗いままにしておく。

小さな灯りでも長時間使えるLEDだからこそ、そんな使い方ができる。

それでも炎のランタンはなくならない

これだけLEDが便利になっても、オイルランタンやガソリンランタンはキャンプ場からなくならない。

これも面白いことだと思う。

実用性だけを考えればLEDは便利である。

スイッチを押せば点く。小さい。軽い。長時間使える。光量も調整できる。

それでも、わざわざ燃料を入れ、火を点けるランタンを使いたくなる。

なぜだろう。

おそらく私たちは、炎に「明るさ」だけを求めているわけではないからだ。

炎は揺れる。

風によって動く。

そして、ただ眺めていたくなる。

むしろLEDが実用的な照明を引き受けてくれたことで、炎のランタンは「周囲を明るくする道具」という役目から少し自由になったのかもしれない。

LEDで必要な場所を照らし、その横で小さなオイルランタンの炎を眺める。

そんな楽しみ方も、現在のキャンプだからこそできるものだと思う。

LEDが変えたキャンプの夜

LEDの発明によって、キャンプの夜は確かに明るくなった。

しかし、変わったのは明るさだけではない。

灯りを小さくできた。

いくつもの場所に置けるようになった。

持ち歩けるようになった。

長い時間使えるようになった。

そして、必要なら暗くすることもできるようになった。

つまりLEDがキャンプにもたらしたものは、

必要な場所に、必要な明るさを、必要な時間だけ置いておける自由

だったのではないだろうか。

明るくしたければ明るくすればいい。

静かな夜を楽しみたければ、光を落とせばいい。

そして、ときにはLEDを消して、ランタンや焚き火の炎だけを眺めてもいい。

便利になったからこそ、すべてを明るくする必要はない。

必要なところだけを照らして、残りの暗闇は、そのまま残しておけばいい。

その小さな灯りが、キャンプの長い夜を静かに照らし続けてくれる。

それくらいの灯りが、キャンプの夜にはちょうどいいのかもしれない。

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