夕方の風が少し冷たくなってきたころ、
幕を立て終えた前室に腰を下ろす。
外のざわざわした気配は、
厚い布にそっと吸い込まれていく。
まるで世界が一度深呼吸して、
こちら側に静けさを返してくれたみたいだ。
焚き火は少し離れた場所で、
「今日はゆっくりでいいよ」と言うように
静かに揺れている。
その火がつくる影が、
前室の奥にふわっと落ちる。
影は怖くない。
むしろ、やさしい。
影がゆっくり伸びたり縮んだりするたびに、
心の中のざわつきも
同じ速度でほどけていく。
幕の内側には、
余裕でコットが置ける広さがある。
その上にマットをひいても、まだ余白が残る。
その“余白”が、夜をやわらかくする。
寝床を整えると、
そこに流れ込んでくる空気まで
どこか落ち着いて見える。
外の光が透けてこない夜は、
驚くほど静かだ。
遠くの声も、風の音も、
幕に触れた瞬間に角が取れて、
やわらかくなる。
内側に残るのは、
湯気の立つカップの温度と、
火の音のリズムだけ。
その夜は、
特別なことをしなくてもいい。
ただ座って、
ただ呼吸して、
ただ「ここにいる」だけで満たされる。
前室に落ちる影と、
透けない幕の安心感と、
少し離れた焚き火のあたたかさ。
そして、
コットとマットがつくる“自分だけの場所”。
その四つが揃うと、
夜はやさしくこちら側に寄り添ってくる。
まるで、
「今日はここでゆっくり眠りなよ」と
そっと背中を撫でてくれるみたいに。

